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東京都畜産試験場では、昭和53年からランドレース系統豚「エド」の系統造成試験を行ってきました。
この系統は昭和61年に完成し、昭和62年より系統の維持を行ってきました。 それに基づきこの維持普及につとめた結果、都内の有名小売店で系統豚「エド」を利用した「エドポーク」が販売されるなど大変好評を博してきました。 しかし、このような努力を続ける中で、豚肉価格の低迷が続き、また、平成元年頃の好景気により住宅が多く建設され、その結果臭気などの環境問題が出るなど、東京での養豚経営は次第に厳しくなり、経営戸数も減少してきました。 この東京都の養豚経営を支えるため、経営規模の大きくできない都市の養豚でも、充分収益があがりかつ差別化できる豚肉の開発が必要となってきました。 そこで、通常のランドレースでは、今までの肉と差別化しにくいとの考えから、味の良いといわれる3品種(北京黒豚、バークシャー種、デュロック種)の豚を利用した系統造成試験を行うことを決定し、平成二年から高品質系統豚「トウキョウX」の造成を開始しました。 また、この系統造成試験の開始と併行して地域重要新技術開発促進事業 「優良系統豚を活用した良食味豚肉生産技術の開発」試験を行い、豚肉の味についての検討を重ねました。 この試験結果により3品種の豚肉の味は良いことがわかり本系統造成試験にその成果が活用されました。
おいしい豚肉とは何かという定義や、おいしいと言われる明確な根拠となる数値は現在のところありません。 しかし、一方でおいしいと言われている豚肉はあります。 たとえば肉色が良く脂肪混じりの良い肉、舌触り、風味の良い肉、味覚の良い肉、軟らかい肉などで、これらを総合すると歯触りが良く独特の噛み心地があり、こく、フレーバーと呼ばれる風味があって軟らかい肉がおいしい肉であるということになります。 このような豚肉を作るにはそういう特性を持った品種を集めなければなりません。 これをさらに品種間で交雑し良い形質を固定する必要がありました。 このため、北京黒豚を中華人民共和国、北京市農林科学院畜牧獣医研究所より導入し利用するとともに、鹿児島黒豚で定評のあるバークシャー種、脂肪交雑の入りやすいデュロック種も用いました。 また、その後筋肉内脂肪交雑率を高めることで、肉の多汁性や柔らかさや食味が向上することが知られ、この形質についても高めることにより豚肉のおいしさが向上することが期待されました。 そこで、これらを総合的に判断し、本試験の設計を行い、後で述べるような4形質の選抜による育種を開始しました。
系統造成では、北京黒豚、バークシャー種、デュロック種の3品種を基礎豚として用いました。この3品種の能力を測定するとともに、雄雌正逆交配により6通りの交配組み合わせを作り、雑種第一代の集団を作成しました。この集団を対象に最良線形不偏予測法(BLUP法)を用いて総合育種価を算出し、原則的にこの値で選抜を行いました。選抜に用いられた形質は一日平均増体重、平均背脂肪厚、ロース断面積、筋肉内脂肪交雑率の4形質を用いました。筋肉内脂肪交雑率は、最後胸椎部位のロースの筋肉内脂肪含量を測定することにより算出しました。筋肉内脂肪交雑率を選抜形質に加えた理由は、筋肉内の交雑脂肪は豚肉の多汁性や柔らかさを高めるために有効であると報告されているからです。本系統造成試験はこの形質を選抜形質に加えたことと、味の良いといわれる3品種の豚を用いたことで豚肉の味の良さを追求した系統造成試験となりました。
選抜の具体的方法は、以下のようです。子豚の体重が20Kg前後に到達した時点でハロセンテストを行い、ふけ肉を作る要素のある豚を除去すると供に、乳頭7対以上の豚を選抜しました。原則的に発育の良い子豚から一腹当たり雄2頭、雌3頭を選抜しそのうち雄1頭を去勢し、雌1頭とあわせ、肉質検査用の調査豚としました。残った豚から、次世代繁殖集団のための個体をBLUP値にもとづき選抜しました。
BLUP値の計算については、農林水産省畜産試験場育種部計量遺伝育種研究室 佐藤正寛氏開発のコンピュータプログラムMBLUPを用いました。この計算に用いられた遺伝パラメータは本育種が我が国で前例のないことから、基礎豚及び雑種第一代のデータに基づいて算出しました。これにより得られたMBLUPの計算結果によれば総合育種価は世代を追うごとに順調に増加し遺伝的な改良が行われたことを示しました。
育種結果の問題点としては、計算された遺伝パラメータ(LSMLMWにより計算)で、筋肉内脂肪交雑率と平均背脂肪厚の遺伝相関が高く(0.539)筋肉内脂肪交雑率を高めようとすると、背脂肪が厚くなる傾向を示したことです。そのため、今後筋肉内脂肪交雑率を対象とする育種を開始する場合は、基礎豚の形質値の吟味がより重要となると思われます。
体型は北京黒豚、バークシャー種の体型を残しており、腿はやや寂しいが肩の部分は充実し力強い体型となっています。 肢蹄は丈夫です。毛色は、茶に黒班、黒一枚、茶色一枚のものを標準としながら、白い斑点の見られる個体もあり、北京黒豚の特徴が出ているものもあります。
世代を追っての能力は図1、2、3、4に示しました。第5世代で一日平均増体重は、第5世代(G5)雄で823.7g、雌で768gとなっています。 第4世代では雄883.5g、雌821.1gとなっており第5世代でやや低下しました。 これは発育時期の違いにより環境温度の影響を強く受けたためと思われます。 従って充分発育の能力のある豚であると言えます。 平均背脂肪はG5で2.74cm、雌2.77cmと厚めになっています。 これは筋肉内脂肪交雑率を高めようとすると脂肪が厚くなり傾向を示しますのでその影響が現れたものと推測されました。 ロース断面積はG5雄29.01cm2、雌29.97cm2と次第に世代を追うごとに大きくなっており改良効果が認められました。 筋肉内脂肪交雑率は、第3世代目で4%を越え、第五世代で5%に達し、最終的に、当初の2.7%から比べると約倍に改良されました。
繁殖成績は、一頭当たり産子数は約8頭となり、やや劣っていますが初回の交配時期を遅らすと産子数が多くなります。 母豚によっては13頭と多く生む個体もあります。
落ち着きのある性格ですが、デリケートな面もあるため、のびのびとした環境を好みます。
女子学生に対して行った官能検査では、味に関するすべての調査項目でトウキョウXの方がおいしいと答えています。 また、一般の消費者団体での試食でも、同様の傾向が示されています。 一方、流通業者の評価では、ドリップが少なく日持ちがするなど商品としての取り扱いやすさが指摘されています。 ただ問題点は脂肪が厚く、一般の豚に比べてロースが小さくなっているという点です。