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野菜編(3)の概要

印刷ページ表示 大きな文字で印刷ページ表示 ページID:0051943 更新日:2022年6月2日

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野菜編(3)

 果菜類のナス、キュウリ、メロンの細密画から当時の府立農事試験場の試験研究を探ります。野菜の収量比較や栽培試験は露地栽培での試験が中心でしたが、ナスやキュウリは収益の高い2月から5月収穫を目的とした温床を使った促成栽培の試験が明治40(1907)年より始まりました。さらに、温室を使ったメロンの栽培試験が大正2(1913)年に始まりました。

 東京府における大正後期から昭和初期にかけてのナスの生産事情をみると、主産地は北豊島郡、荏原郡ほか2郡でした。品種は、「中生山茄(なかてやまなす)」、「晩生山茄(おくてやまなす)」から徐々に「眞黒茄(しんくろなす)」や「砂村丸茄(すなむらまるなす)」に移りました。キュウリも北豊島郡、荏原郡で最も多く栽培され、荏原郡では「馬込半白(まごめはんしろ)」のほか節成種、南葛飾郡では「針ヶ谷節成(はりがやふしなり)」が栽培されていました。メロンは切花栽培用のガラス温室を利用することで栽培が増えました。当時の温室暖房の熱源は石炭火力、温床では一定の大きさの木框(きわく)フレームに厩肥と稲藁などの混合物を地床に踏み敷き、それが発酵過程で出す熱を熱源としました。東京府は、大正9(1920)年に温床に必要な木框設置に補助規定を設けたことで急増しそれに呼応して産額も増加しました。ナス、キュウリの生産増大には温床による促成栽培、メロンの生産増大にはガラス温室を利用した栽培が大きく貢献しました。

 今回ご紹介する細密画はナス、キュウリ、メロンの一部です。ナスの細密画は26品種18点、キュウリは20品種19点、メロンは11品種16点が残されています。

 ナスは明治34(1901)年より露地での試験が始まり昭和期までに100以上の品種が収量比較されました。促成栽培の試験では早生品種の「早生山茄(わせやまなす)」と「蔓細千成茄(つるほそせんなりなす)」、「砂村丸茄」について播種期と収穫期の市場価格との関係が調べられ、市場評価の高い「蔓細千成茄」が適品種とされました。栽培期は収益の高い4月以降に収穫できる10月から12月播種が適期とされました。

 キュウリもナスと同じ頃に露地での試験が始まり昭和期までに70品種以上が試験に使われました。その中で明治40年(1907)より始めた促成栽培の試験では早生で強健、果実の色艶が良いことから「針ヶ谷種」が選ばれ、1月上旬播種の3月以降の収穫が栽培適期とされました。

 メロンは収量比較などの試験の歴史は古く明治37(1904)年より始まりました。大正初めまでは露地で試験されていましたが、大正2(1913)年以降より春に出荷する冬作と盆の贈答品に対応した夏作の試験栽培がガラス温室で行われました。「スカーレット」、「ヒーローオブロッキンジ」、「リングリーダー」、「キングジョウジ」など扱った品種数は29に上りました。その結果、甘味が多く色艶と香気もよく、また形状と大きさもよい「スカーレット」が有望品種とされました。農事試験場のメロン作りの技術は高く品質が良いので天皇陛下に献上した歴史もあります。そのことを扱った記事には、東京府立農事試験場はメロンを盛籠に入れて大正14(1925)年8月1日、日光御用邸の両陛下に献上したとあります。

引用・参考資料

・東京府立農事試験場.農事試験成績略報:第一から第十六まで.

・東京府立農事試験場.業務功程:大正2から15年度まで,昭和2から19年度まで.

・東京府.東京府の産業(農業)其一園芸.昭和4年.p46-54,88-89.

・楽天生.東京府より献上のメロン.園芸之友.大正14年10月号.p528-529.

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